カッティングシートの可能性を追求するデザインコンペ CS DESIGN AWARD

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学生部門 審査講評
時間のデザイン
審査委員長 松下 計

Covid-19の猛威が一旦なりを潜めた2022年、CSデザイン賞 学生部門は2年ぶりに現物審査のリアリティと熱気に包まれながら選考が行われた。
本年のテーマである「流山おおたかの森駅の連絡通路」は、38メートルに及ぶ緩やかな勾配を持つガラス壁の橋で、時間を象徴したような細長いメジャーのような画面をデザインする必要があり、さながらどちらの入口からでも見る事が出来る「絵巻物」のデザインのようでもある。この橋を渡ろうとする人はまず全景を一望し世界観を感じ取りつつ、移動によって生じる見え方の変化を楽しむ視覚的な連続性(シークエンス)を持つという点で、極めてコンセプチュアルな課題であったと言える。楽しくポジティブな提案なのか、知性に富んだクールな提案なのか、何かメッセージを伝える提案なのか、、、どの提案がこの場所に相応しいのか、正解はない。どれも正解である。選考委員は出品された平面図を見ながら、実際この橋を歩くとどのような感情を抱かせるのかひとつひとつ想像しながら審査に当たったと思われる。従って作者がどのような体験を他者に提供しようとしているのか、補助的なビジュアルを携えいかに端的に説明し得ているか、そのプレゼンテーション能力もとりわけ今年の選考には大きく影響したと思われる。橋を横から見た細長い平面図を一枚の絵としての卓越性を見出す視点は一部にはあるものの、橋を渡るまでの時間をいかに魅力的に演出したのかという、この課題独自の条件が審査する視点に大いに関係したと思われる。そのような意味でとりわけ金賞の「veins」は、歩いている人が入り口から出口まで過ごす時間制と、そこを通った時刻による変化(朝なのか、昼なのか、夕方なのか)という意味での二重の時間性を持っており、その場所を経験したいと思わせる魅力に満ちた優れた提案だった。またプレゼンテーションもわかり安く的確であった。
一点選考において印象に残った事として付け加えたいのが、コピー&ペーストによる、まったく同じビジュアルを安易に繰り返す表現に対して、実際橋を歩いている事を想像をするとき「この相似する形はどこに差があるのか」、自然に探してしまう事が予測され、結局まったく同一であった時の拍子抜け感があり、それを行うのであれば相応のコンセプト(理由)が必要であったであろうと思う。自分の身をその場に置く想像をしながらの審査では余計にその事が際立ったのではないかと思う。

歩く行為とデザイン
菊竹 雪

今回は、流山おおたかの森駅に隣接するショッピングセンターの建物をつなぐ連絡ブリッジのガラスウォールを舞台に、「自然と街をつなぐデザイン」をテーマにしたもので、「木」「空」「鳥」を取り上げた作品が多く見られた。そのなかで、光を通すガラスウォールの特性を活かし、約40m続く緩やかな斜路を歩く行為とデザインの関わりかたに構想を膨らませ、加えて屋外からの景観的視点を考えた作品に評価が集まった。
金賞に輝いた丸山咲さんの「veins」は、光と影を想定したグラフィックである。葉脈に見える部分を白色シートで計画し、有機的な形態には何もシートを貼らずガラスのままで見せている。通常シートを貼るところを「図」として計画することが多いが、この作品は「図」と「地」が反転しており、シートを貼った部分が影となり、何もシートを貼っていないところに光が透過し、影とのコントラストで「図」として見えてくる。光を通して生まれる形態の魅力にとどまらず、シートを貼らないところが主役になるという大胆な発想と表現で見事金賞に輝いた。銀賞の房野広太郎さん、市花恵麻さんによる「重なる波紋」は、緻密に計算された線でグラデーション、波紋を構成し、空間と共鳴するシート表現の可能性を提示している。同じく銀賞の原美咲さんの「揺らめく中」は、タイトル通り揺らめくカタチの中に人が行き交う姿が重なって、屋外から見た時に面白さを感じる作品になった。銅賞の柳雄貴さんによる「森の細道」は、木をテーマにした作品が多かった中、部分を切り取って単色のシートでデザインしたところが良かった。ガラスウォールの外に広がる風景を引き立てるのに木々のグラフィックが効果的に使われた。同じく銅賞の出井靖伸さんによる「紙飛行機雲」は、青く細いラインの中に白いラインがあり、「何かあるのだろうか」という期待感をもたせ、緩やかに傾斜する通路を歩く楽しさをデザインしている。また、野中宗近さんの「大鷹」は、大鷹を7色のシートで表現し、優雅に舞う存在感ある姿に定着させた点が評価された。
学生賞を重ねるなかで、シート表現の可能性を提示する作品が多く見られるようになっている。今回は現地に足を運べない応募者にも場所を理解してもらえるよう、動画などを配信していたこともあり、地方からも多くの応募があった。若い人に「シート素材」を知ってもらい、若い感性を育むことを長年考え、実行されてきた主催者にあらためて敬意を評したいと思います。

空間と時間を表わす
廣村 正彰

CS(カッティングシート)はペンキなどの塗装の代わりとして開発され、安定した色彩と施工の簡単さで爆発的にヒットしました。その後、他社からも発売されたことで競争が激化し、より多くの色数と多様な素材感を作り出しました。TRANSPARENT(透過性)という考え方は、現代のガラスを多用した建築空間やLEDなど発光メディアが空間の演出で主流になるにつれ、透過性のシートを使い表現の幅を広げることで多く使われるようになりました。
今回、学生部門の課題は「連絡ブリッジ」。季節による景観の違いや、時間の経過で変化する連絡ブリッジからの眺めをシートで演出することで、新鮮な感動を提案することです。CSはガラスとの相性が良く、複雑で多様な表現ができる点など今回の課題には可能性がたくさん詰まっていると思います。
金賞の「veins」は葉脈をテーマに、日差しによりブリッジの床に木漏れ日が生まれ、森の中を散策しているかのような体験を提案。抽象的なパターンで包み込まれるような安心感があり、葉の内部から街をみているような視覚効果も期待できます。結果、審査員の間でも議論され、シンプルなアイディアで面白く、意外な効果が生まれるのではないかと。是非施工されたブリッジを体験してみたいと金賞に選ばれました。銀賞の「重なる波紋」は、透過性シートの「IROMIZU」を使い風景と目線の間にレイヤーをつくリます。ブリッジを歩く人は水中から外を眺めているような、外部からはブリッジの水面を歩く人を見ているような感覚になり、お互いの関係性が浮かび上がる完成度の高い作品です。もう一つの銀賞「揺らめく中」は、ブリッジのガラスをサッシ毎に分けてカラフルにシートを使って表現しています。自由曲線で切り取られたシートはブリッジを歩くことが楽しくなると同時に不思議な感覚が生まれ面白そうです。銅賞の「森の細道」は、ガラス面に樹木のシルエットを再現することで空中に森を切り取って表現しています。ブリッジを人が歩けば森を散策するように見えるし、ブリッジからは木々を通して街の風景を覗くことができるということです。同じく銅賞の「紙飛行機雲」。地上から緩やかに伸びたブルーの帯をよく見ると、細いシートの束になっている。その先端には紙飛行機がふわりと浮かんでいて、さわやかで希望を感じる作品になっています。三つ目の銅賞は「大鷹」。地名になっている大鷹が20羽ブリッジのガラス面に飛んでいます。シートながらディテールまでよく再現されていて懐かしくて新しさを感じます。大空に舞う大鷹を見ながら地名の由来を考える良い提案になっていると思います。

丁寧に、大胆に、そして最後は緻密に。
色部 義昭

長さ38mというおそらく学生には未経験のスケールとの対峙。外側からは引いた目線で見上げる位置にあり、そして内側からは打って変わって奥行き方向に伸びるガラス壁面へと変化する。ブリッジという特殊な環境に対する考察は、多くの学生にとって新鮮であると同時に難しさもあったに違いない。
金賞に選ばれた「veins」は自然物である葉脈と人工物である街の共通性を大胆に見立てた発想が非常にユニークで、初見から目を惹いた作品だ。細長いブリッジに等間隔で縦に入る窓枠と斜めに入るトラスの無機的な直線と有機的に広がる葉脈のコントラストが見ていて心地よい。この課題、実はこの長いガラス面に対しての意匠を考えるだけでなく、ノイズのように入る無機的な直線との関係性を考えることも抑えるべきポイントだったように思う。その点においても緻密に計算がなされているように感じた。
銀賞に選ばれた「重なる波紋」は、光の透過性を生かした心地よい作品だ。外側が光に満ちた時間帯に波紋の海の中にいる時間を想像するととても魅力的なイメージがわく。細部まで緻密に計算された完成度の高さも申し分ないが、残念ながら大胆さや意外性のようなものが不足しており、もう一歩評価が上がりきらなかった。もう一つ銀賞に選ばれた「揺らめく中」は大胆でカラフルな色使いと窓枠に対する読み解きがユニークな作品だ。ガラスの反射や自然光の変化など、時間帯や光の状況に影響されやすい今回のような空間においては、本作品のように鮮やかでわかりやすい色使いの方が効果的であることが多い。色と形が持つ誘目性を素直に生かしている点が高く評価できると思った。
銅賞の中では「大鷹」が特に気になった作品だ。版画のようなイラストレーション表現が、CSの表現に適しているかどうか、判断が分かれるところであるが、場所性に対する素直なアプローチや、どこか温かさを感じさせる鷹の描き方や配置に魅力があり惹かれた作品だ。
その他、入賞作品では、長く連続する窓を動画のコマに見立てたような「変化と不変」や、歩きながらさまざまな表情を楽しめるような「こもれび」など、ユニークなチャレンジが印象的だった。
ここで選ばれた入賞作品は、欠点はあれども、どれも課題に対して力強く前向きに応えてくれた作品だったと思う。デザインは課題を深く読み込む丁寧さも重要だが、時に発想を飛躍させる大胆な見立ても必要とされる。観察は丁寧に、発想は大胆に、そして定着は緻密に。デザインを楽しんでください。