カッティングシートの可能性を追求するデザインコンペ CS DESIGN AWARD

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学生部門 審査講評
装飾シートへの理解を。
菊竹 雪

今回学生賞の課題となったのは、水辺や夜景を楽しむ場として整備された象の鼻パーク内にある象の鼻テラス(レストハウス)のガラスウォールである。象の鼻テラスからは横浜港、大桟橋、赤レンガ倉庫を望むことができ、観光客で賑わう立体遊歩道からも一望できる素晴らしい立地にある。このガラスウォールを題材に、「海」や「象」をテーマとした作品が多く見られたが、そのなかで象の鼻テラスを舞台としたサイトスペシフィックな作品に評価が集まった。
金賞に輝いた白石水遼さんの「かがやき」は、海をモチーフにさざ波を一色のシートで表現したところが秀逸であった。青色シートをカッティング加工して、白波部をガラスが透けて見えるように表現した大胆不敵な表現である。青いシートと抜けのガラス部が、周囲の環境のなかで昼夜どのように変化して見えるのか、象の鼻テラスに施工された作品を見るのが楽しみである。銀賞の杉本和優さんの「自然の錯覚」は、気温の変化をテーマにした作品で、IROMIZUシートの色の重なりで表現している。ガラスウォール部全体の台形とデザインの関係性が特徴的であった。同じく銀賞の加藤花苗さん、安田存人さんによる「HANA」は、テラスの周囲に集う人々の新しいコミュニケーションの花を咲かせることを願い、多種多様の花で彩っている。ガラス面全てをシートで覆うのではなく、花の輪郭部にシートを貼らない抜けがあることが効果的であった。銅賞の本多栄亮さん、大橋真色さんによる「Shower」は、象の顔に目がいくが、一般的なカッティングシートだけでなく、反射や透過シートなどを織り交ぜて構成し、昼と夜、近景・遠景からの見え方を考察して創られている点が評価された。
この学生賞の最も優れた点は、金賞に選ばれた作品が課題の場所に施工されることである。応募要項にもある通り、実際に施工されることを前提としたデザイン提案が求められている。次回の学生部門で金賞に輝くためには、使用材料である装飾用シート(カッティングシート®、フォグラス、IROMIZU)の特性について理解を深めてもらいたい。そして、プリントによる表現との違いを把握することも重要である。応募作品の中には、素晴らしいアイディアながら実現が難しいと思われるものが増えているように感じる。また、使用できないシートを選択している作品も少なからず見られた。装飾シートには様々なバリエーションがあるので、その使用方法と加工について十分に知識を深め、理解した上で、表現の可能性を若い感性で探してもらいたい。

想像をかき立てるデザイン
廣村 正彰

横浜の港と街が一望できる象の鼻パーク内の「象の鼻テラス」は、文化イベントが頻繁に行われる交流の場になっている。今回の課題となったテラスのガラス面は、天候や時間帯で表情が変わり、パークを訪れる人たちも様々で、CSデザイン賞の学生部門には最適なテーマである。
金賞の「かがやき」は、建物の先に広がる海が陽光を受けてキラキラと光る様子を表現している。提案されたデザインの仕様は濃紺のシート1色で、光る部分はガラスを抜けた20センチ先のロールスクリーンを示している。中川ケミカルでは、カッティングシートの発売当初、色面が均一で発色の良いシートを多く開発していた。塗装に代わり新しい素材として、CIブームにも押されて飛躍的に伸びてきたが、近年の多様化でシートの種類も増え、透過性の高い「IROMIZU」や、見る角度によって色が変化する「セプテットフィルム」など、空間との関係性をより深く魅せる商品も開発している。この金賞の作者は、この場所性や建物から、昼間の見え方、夕方の見え方、もしかしたらロールスクリーンが開いた時に見えるかもしれない海から着想し、数あるカッティングシートの中から濃紺1色で見事に「かがやき」を表現した。ガラスに貼る二次元の表現に、単色で立体的な奥行きを感じさせた作品と評価された。
銀賞の「自然の錯覚 TEMPERATURE DIFFERENCE」は、気温グラフを表現しているが、抽象絵画のようだ。テレビで猛暑日に見るサーモグラフィーのような表現で、内側に進むにつれ気温が高くなるヴィジュアルになっている。異常気象と言われる昨今の環境視点も盛り込み、実現したときの「IROMIZU」の視覚効果や人々の反応が見てみたい作品である。
もうひとつの銀賞「HANA」は、周辺環境と建物をつなぐ作品である。手前の芝生から生えてきた設定で、不思議な花が抽象的に描かれており、カッティングシートに適したダイナミックで鮮やかなグラフィックは、訪れる人々の記憶に残ると思った。考え過ぎず、素直で楽しい提案として評価された。
学生賞は、課題テーマをどのように解釈するかで大きく分かれる。時代の価値観や場所性、どのような体験が生まれるのかを考えてカッティングシートを駆使して提案して欲しい。審査員は作品に盛り込まれた意味を読み取り、施工を想像しながら多角的に議論している。本当に楽しい時間である、今後も期待したい。

場所性と自覚的なコンセプト
松下 計

選考の冒頭に、某選考委員から課題となっている「象の鼻パーク」がどのような環境下に置かれた建築物であるのかについての質問がありました。特に、海との関係がどのように設計さているのかが再確認されました。これは選考を進める上で重要な質問だったと思います。
最高賞を受賞した作品のみが実際に施工されることになっていますが、全作品に対する選考の視点としては、周辺環境との関係性はどうしても見逃せないポイントです。まったくアプローチの異なるさまざまな出品作の中から、数点を受賞作として選ばねばならない中、デザインの美しさや革新性だけで作品の優劣を明確に評価するのは難しく、選考員の好みもあります。結果的に、その場所の風景や自然環境、社会的な都市環境などとどう調和するのか、あるいは対立するのかといった関係性を見る事が選考に大きく影響し、最終的に上位作品として評価される基準として例年以上に作用したと思います。
選考員は私を含めて、それらを見出すために出品作を注意深く観察しましたが、今回特に印象的だったのは、作者が書いた自身の作品のコンセプト文をとりわけ詳細に読んだ点ではないかと思います。仮にこれらの作品が実際の社会で実装された場合、その作品がなぜこの状態であるのかをテキストで説明する機会は多くありません。しかし今回の選考を通じて感じたのは、作者が場所性をどう読み解いたのか、自覚的であったかどうかが重要だったと思います。
作品「かがやき」「自然の錯覚」「HANA」が上位作品と見なされたのも、これらの作品が持つ絵画的要素ではなく、具体的な場所とどのように関係を作れているかという状況主義的な視点と、自らその事を自覚的に述べている事が反映した結果だと思います。

素材の理解と実現可能性
色部 義昭

CSデザイン賞学生部門の受賞者の皆さん、おめでとうございます。
金賞に選ばれた「かがやき」は、カッティングシートという素材の特性をうまく引き出した作品です。この作品を観たとき、福田平八郎の「漣」という絵画を連想させられました。銀箔の背景に群青色の岩絵具という実にシンプルな要素のみで描かれているにもかかわらず、角度や時間によってさまざまな表情を見せる魅力的な絵画です。「かがやき」は単色のシートによる表現ながら、シートで貼られる部分と貼られない部分が波の心地よいリズムで構成されており、きらめく海面の美しい景色としてガラス面いっぱいにダイナミックに表現されています。シートが貼られない余白の部分が陽の当たり方によって濃淡が変化し、「漣」のように表情が豊かに変化していくことを期待して評価をしました。実際に施工してみるとどのような見え方になるか、とても楽しみな作品です。
銀賞に選ばれた「自然の錯覚」は場所を見立てる視点が空間的でユニークなデザインです。室内温度の可視化という空間的な見立ては、この場所をガラス壁面として平面的に捉えている作品が多い中で非常に目を惹きました。一方でグラデーションの色面と色面の間に描かれている細い線やシートの貼り合わせなどの細部が、実現可能性という点において課題を残す作品でもありました。
もうひとつ銀賞に選ばれた「HANA」は、実にあっけらかんとした単純明快なデザインです。今回の課題となった現場は、時間帯によって軒の陰影を拾ったりするので日中の視認性にムラが出そうな壁面です。つまりかなり声の大きなデザインでないと機能しにくい壁面であると想像しますが、そんなハンデも明るく吹き飛ばすような陽気なパワー、日陰も日向にしてしまうようなポジティブな提案であったように思います。
「空間中の空間」は銅賞の中で特に気になった作品です。等間隔に並ぶガラス窓ひとつひとつの中に描かれた半立体的な線画が不思議な空間の歪みを生み出しています。背景に対する見立てがとてもユニークでセンスが光る作品だと思います。
カッティングシートはプロッターで切り抜いて施工する素材で、絵の具のような表現の曖昧さが許容されない素材です。最終的には実現可能性も含めて評価がなされるので、素材の特性を理解しているかどうかも評価の大きな分かれ目となりました。デザインは発想や絵心も大切ですが、素材に対する理解度や実現可能性を計算する力も必要とされるクリエイションです。そのことを審査全体の総括として最後に記しておきます。