カッティングシートの可能性を追求するデザインコンペ CS DESIGN AWARD

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一般部門 審査講評
弛緩と脱力への跳躍
審査委員長 原 研哉

これまでのデザインは「洗練」や「張り」をゴールとして目指してしてきたように思いますが、今回は必ずしもそこに向かうのではなく、むしろ「弛緩」や「脱力」へと向かうベクトルを力としている作品に評価が集まったように思います。
グランプリの「金雲の道」は広島の地下道のデザインです。薄暗い地下道の側壁に白をびしりと敷いて、そこに「雲」のパターンを配置している作品です。それぞれの雲の形状もいい形をしていますが、地下道に「金箔パターン」を用いた点に諧謔味を感じました。雲の形はリズミカルな明るさを持っており、地下道を一気に親しみやすく気持ちいい空間に切り替えている点が素晴らしいと感じました。準グランプリの「PENITENT」はカフェの壁面の装飾だと思いますが、多層レイヤーに分かれたビジュアルがいい効果を生んでいます。透過光で浮き上がってくるヴィジュアルは、一見シックなカフェの空間に似合わないように思われますが、波板を使ったり複雑な多層性を演出したりと、むしろカフェ空間に合致する揺らぎのあるデザインになっています。同じく準グランプリの惣菜店「あてや」も強く印象に残りました。ボロボロの木造モルタルの長屋のような建物の一階に惣菜屋さんが開店しているわけです。「あてや」というひらがなロゴの、詫びた風情がいい。ロゴの背景が真っ白であるのもいい。風化した建築にこの普通の白が映えています。たったそれだけのことですが、狙いすましたデザインが見事に的の真ん中に命中しています。同じ傾向でもう一つ印象に残っているのは揚げ物屋の「ビーバー」。町の人気の揚げ物屋さんの改装計画ですが、透明な黄色のカッティングシートを全開口部に貼ったことで、店内が真っ黄色に見えるわけです。実に大胆な処理だと思いますが、赤ちょうちんを見るとお酒を飲みたくなるように、遠くからこの黄色い灯りを見ると揚げ物が欲しくなりそうです。店内の装飾もこの店の気分に合っていて、そのさじ加減がすばらしいと感じました。それから、高校の校舎の階段室の開口部にカッティングシートを貼ることによって、たそがれた空気感を生み出している作品も印象的でした。これは学校生活の思い出として記憶に刻印される、心の底に残る色彩空間を生み出した作品です。
ここで触れた作品は全て、これまで光のあたらなかった微妙な場所にカッティングシートを機能させようとする意欲的な作品です。そういう意味で、とても新しい成果が生み出されたのではないかと思います。

見えない価値を引き出すデザイン
佐藤 卓

シートを貼ることによって空間の印象を変容させることができることに驚きと新鮮さを感じ、シートが登場して以来デザイナーもこの効果を拡張し、多くの空間デザインが生まれ、CSデザイン賞ではその中でもより優れた提案をこれまで高く評価してきた。しかし今年の審査で印象的だった表現は、空間をカラフルに彩ったものよりも、その環境が持っている意味という、見えない価値を引き出しているものだった。これはつまり付加価値ではなく、その環境に潜む価値を引き出しているものということだ。シートは付加するものだが、それによって空間に潜在する時間や意味という見えない価値を引き出すということ。社会が成熟してくると、「付け足す」行為としての付加価値は余剰なものになり、そこにある価値を見つけて引き出す方向へ意識が向くのは、ある意味必然であろう。既にあるものを利用することは、SDGsという観点からも理にかなっている。この傾向は受賞作品を見るとご理解いただけることと思う。グランプリに輝いた地下通路の仕事は、まさにそのことを象徴しているかのようだ。かつて作業用通路だった暗くて怖い通路を、金箔を貼るというシンプルな行為で、一転して空間の可能性を魅力的に引き出した。飾り気のない、まるで都市の裏側のような古い通路だから魅力的になったのであって、新しい通路ではできなかったことである。そして金箔で表現された雲などのグラフィックの質がとても高いことにより、ただの通路にまるで伝統的な日本文化が滲み出たような不思議さをも感じさせる素晴らしい仕事だと思う。そして審査しながら徐々に上位に上がってきて、最終的には準グランプリに輝いた「あてや」などは、ボロボロの商店街ゆえに、白地に墨文字の看板が、なんとも惹きつけられるのである。この環境だからこそ、余計なことはせず単純な墨文字表現が活きている。優秀賞の「ビーバー」なども、同じような観点で心惹かれた。新しくピカピカした空間に、新しいシートが貼ってあっても、もうそこに新鮮さは感じ辛いのかもしれない。他にも賞に輝いた仕事はどれも素晴らしかった。カラフルに可愛く彩る表現が、急に精彩を失いつつあるのは、あくまで個人的な印象なのか。或いは社会的価値観の変容なのか。これを機会に推考してみたいと思う。

地味さの発見
石上 純也

「地味」という言葉が正しいかどうかはわからないけれど、最近、ぼくは何故かそういうものに惹かれている気がする。
鋭利にエッジが効いたものでも、周囲から突出した派手派手しい目立つものでもない。
それ自体が独立性を保ちながらも、環境に馴染むようにして、周囲に溶け込んでいるもの。それ自体が際立つわけではなく、それがあることによって、周囲の環境に枠組みを与え、その環境を切り取り、切り取られた環境そのものに存在感を与え、浮かび上がらせるようなもの。そういうものに新鮮さを感じる。
「地味さ」とは、あるものがある環境の本来の特徴や個性と強く結びつくことで生み出される価値観である。「地味」であるためには、その場所の歴史や風土などのコンテクストに、柔らかく滑らかに染み入るようにアクセスすることが重要である。いかなるエッジとも派手さとも縁を切るような、明快な意志が必要だ。ある環境における独特の「地味さ」を発見することは、その場所の存在意義を再び蘇らせることにも繋がる。
「地味さの発見」は、現代の世の中において、全体と部分とを複雑に結びつけ、環境とその環境を構成する要素とを、等価に風景としての存在に変えていく新しい試みではないだろうか。
そのような視点で今回の応募作品を眺めたときに「地味さの発見」という姿勢において、以下の作品に共通の時代性を感じた。
グランプリの「金雲のみち」、準グランプリの「お惣菜屋あてや」、優秀賞の「小さな風景に変化を!広がる想像力」と「ビーバー」。これらを今までの価値観で眺めてしまうと、一見、洗練された感性からは程遠いような、ある種の野暮ったさや垢抜けなさを抱いてしまう。しかし、これらの作品には、環境の個性と作者の知性が繊細に絡み合う風景があり、その場所に刻み込まれた時間を新たに掘り起こすように、環境と作品とが、一体的な感性のなかで浮上してくる存在感がある。
「金雲のみち」は、鈍く輝く金の雲によって、薄暗い地下道という環境を、その地下道らしさをそのままにポジティブに際立たせ、地下道でしか成立し得ないような爽やかさをつくり出すことに成功している。「お惣菜屋あてや」は、寂れた街を背景に、その寂れ具合がその環境の味に見えてくるように、真っ白な看板と見慣れたフォントの組み合わせによって新たな風景を実現している。「小さな風景に変化を!広がる想像力」と「ビーバー」は、表現はどちらも似ているが、前者は、学校建築がつくりだす独特の環境を際立たせ、後者は、揚げ物屋の庶民性と昭和から続くその店の時間性を拡張するかのように環境を生み出している。
このような作品が共時的に、世の中に現れてきたことに、時代の価値観が静かな変化を起こしているような空気を感じた。

リノベーションならではの付加価値
五十嵐 久枝

第22回の審査会は、通常に近い対面形式でそれぞれの意見を活発に交換し合い、とても有意義な時間であったと感じている。2年に1度のビエンナーレ形式の審査会は、社会の変化を敏感に感じさせてくれる程よい間隔であり、コロナ感染対策も3年目に入った。ここまで長い辛抱があり慎重な対応と経過を辿ってきている。前回は外観を介して内部を窺い知るというだけで、中に入っていけない見えない隔たりをこちらが存在させていたのではないかと、今回の審査を終えて感じ始めていた。
今回は、数々のリノベーション案件が印象的で記憶に留まっている。かつてのリノベーション以上にリノベーションならではの付加価値が表現され、見る側を引き込んでいる。既に存在している時間の蓄積と新たなクリエイションの共存にしっかりと心を掴まれ、内部へと引き込まれた。グランプリの「金雲のみち」は、まさにそう感じていた。かつて駅工事のために設けられた作業用通路が後に地元住民の地下通路となり、殺風景な薄暗い通路は夜間の通行は避けられている。「明るく出来る方法はないか」という住民の声からこのプロジェクト立ち上がり照明工事はできないという条件のもとで模索した結果、金箔シートを選択したことにとても驚かされた。時代を超えた箔の美しい輝きが地下通路の青白い蛍光灯は温暖色に変換され、エネルギー消費はそのままでも反射によって通路全体に光を分散させ、以前よりも明るく感じさせる。流れる雲の文様は季節の移ろいとともに吉祥のあらわれ、英文タイトル「the path to happiness」のようである。
地元の方々に愛されてきた「揚げ物屋ビーバー」。その外観、看板とウインドウガラスのイエローによって、油の匂いと懐かしい記憶を瞬時に蘇らせてくれるだろう。元の店舗は老朽化を理由に閉店されたそうだが、地元の推しファンの熱い思いが継続に名乗りを挙げ、リニューアルを実現させたという。誰もが気軽に立ち寄れるこういった店(場)が無くならずに継承されるということは、今では簡単なことではなくなった。これからまた取り戻せることを願わずにはいられない。
「2121年 Futures In-Sight」では、新聞や雑誌の紙面に迷い込んだ感覚を味わうこととなり、興味深い体験をした。モノや映像は見慣れたスケールなのだが、文字や言葉はスケールオーバーして感じられ迫ってくるようである。突如、巨大な羅針盤が現れ、言葉(記事)と記号が次々と現れ、自分が動いていると言葉も動き出すかのように感じ、バーチャルな体験に近い感覚があった。

そこにいる人々の姿が浮かぶ
服部 一成

グランプリとなった横川駅の自由通路「金雲のみち」の写真を見ていると、この場所を毎日こどもからおとなまでさまざまな人が行き交う様子が想像できる。それはなかなかに魅力的な光景だと思えた。薄暗いが味わいもある通路の、その環境からデザインが乖離せずにうまく日常に馴染んでいる。けれども地味なわけではなく、このデザインができたことで歩く人の緊張がほぐれ、気分が明るくなるような感覚も確かにある。もしも自分がこの場所のデザインを担当したらと想像してみると、かなりの難題であったことがわかる。既存の壁や照明の状態、60メートルという距離の長さ、通行する人の幅広さ、そしてかけられる時間や予算。モチーフを金の雲だけに絞り、雲の形のさまざまな変化で魅せたデザインの判断は見事だったと思う。準グランプリの「PENITENT」は、コーヒーやケーキなどで時間を過ごすカフェの装飾。原色を大胆に使ったデザインだが、窓からの透過光を生かし、3層構造にしたFRP波板の効果で、シート素材の色をやわらかい光の現象に変えている。波板の懐かしいような素材感に色のエッジが滲み、不思議と静かに落ち着く空間を演出している。「お祭りでんでん館」は、ゴールドの点で絵を描いていく方法を徹底しておこない、ユニークな質感を生み出している。各収蔵扉のなかに収められているお祭りの鉾をそれぞれ絵であらわしていて、つまりは変わった発想のサインシステムでもある。コンクリートの現代建築を、この楽しいデザインによって地域の歴史にうまくつなげているようにも見えた。お惣菜屋「あてや」は、印象的な周囲の町並みとの関係、この立地条件をどう扱うかのさじ加減が絶妙。サインを最小限に抑えて、その結果、場の魅力をくっきりと顕在させている。グランプリをはじめ今回の受賞作には、その場所にいる人々の姿が好ましく想像されるような作品が多く選ばれたように思う。「あてや」の白い看板を目印におかずを買いにきた夫婦や、優秀賞の鹿児島工業高専の階段の淡い光の中で立ち話する学生、駅前の揚げ物屋「ビーバー」の黄色い店に立ち寄る部活帰りの高校生たちの姿が浮かぶ。デザインが現在の生活のなかに紛れこむように存在していて、その場所のもつ力を引き出している。